世界の中で日本だけ、なぜ賃金や物価が上がらないのか。「ジョブ型雇用」の生みの親に聞いた新しい日本経済論。
東京のスーパーマーケットの店頭(ロイター/アフロ)
スーパーで値札の脇の文字に目がとまった。「この商品は9月×日にメーカーが値上げします」。保存が効くものだから、と思わず2つとってカゴに入れた。
値上げ、値上げ、値上げーー。
エネルギー価格の高騰に円安があいまって原材料コストが上昇し、食品をはじめとして値上げが広がっている。日本は長年、インフレ率(消費者物価指数の前年同月比)がプラスマイナス1%程度の間で推移してきたが、2022年4月から2%台が続いている。
物価が上がっても賃金が上がらなければ、「安いうちに買う」では済まなくなる。日本は賃金も長らく停滞してきた。物価が上がれば賃金も上がる、とは到底楽観できない。
賃上げを阻むオイルショックの「呪縛」
では日本だけがなぜ、賃金も物価も上がらない状態が続いてきたのだろうか。
はまぐち・けいいちろう/1958年生まれ。1983年東京大学法学部卒、労働省入省。欧州連合日本政府代表部一等書記官などを経て2017年より現職。著書に『ジョブ型雇用社会とは何か』など(撮影:梅谷秀司)
「それはオイルショックの時の成功体験が呪縛となっているからです」
こう見立てるのは、労働政策研究・研修機構労働政策研究所長の濱口桂一郎さんだ。最近取り沙汰される「ジョブ型雇用」という言葉の“生みの親”でありながら、ちまたのジョブ型推進論の誤解を解くのに忙しい。濱口さんは日本の雇用システムを「メンバーシップ型」と名付け、他国の「ジョブ型」との違いを整理している。
オイルショックといえば1970年代の出来事。もはや歴史の領域だが、今とどうつながるのか。
「当時、世界中がインフレと賃上げの悪循環に苦しみましたが、日本は『賃金を上げない分、価格も上げない』ことを労働者と経営側が社会契約とすることで悪循環を断ち、いち早く経済を安定させることができました。ただ、成功したゆえに、賃上げを我慢することが呪縛と化してしまった。賃上げは、1人で『賃金を上げろ』と要求しても負けるだけ。だから、みんなで引き上げさせる。これが賃上げの出発点です」
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