いちいち口に出しては言わないものの、他人のクルマに乗った際に「臭い」と感じる頻度は結構高い。臭いの原因はエアコンであることが多いが、これまでは消臭剤か芳香剤を使うくらいしか解決法がなかった。エアコンそのものも“洗車”できれば……そう考える自動車ユーザーは多そうだが、そんな思いにこたえるサービスがあると聞いたので、取材してきた。
「空気の洗車屋さん」というサービスを開業した人がいるから取材してみては? という連絡を、同業の先輩からいただいた。空気の洗車ってなんだろう? 自己啓発的な何かか? と一瞬身構えたが、聞けばカーエアコンの清掃業とのことだった。
なるほど、車内の臭いの原因となるエアコンフィルターを清掃してくれるサービスか。確かにエアコンフィルターは定期的に交換すべきだが、実際にはクルマを買い換えるまで1度も交換しないというユーザーのほうが多いパーツだ。車検や点検で交換され、明細を見て気づく場合もある。ともあれ、あまり意識されないパーツである。
エアコンフィルターを交換するのではなく、清掃することで気になる臭いを解消してくれるサービスということであれば便利かもしれない。というのもこのパーツ、大抵はダッシュボードの奥にあり、交換するにも清掃するにも、まず脱着が面倒だからだ。そんな風に「空気の洗車屋さん」のサービス内容を想像していたのだが、実態は全く違った。
クルマの臭いをあきらめない!
空気の洗車屋さんは、正しくはフィルターではなくエアコン本体(エバポレーター)を清掃するサービスだった。家や事務所用のエアコンでは、エバポレーターの清掃サービスは昔からある。しかし、カーエアコンの清掃は聞いたことがない。家のエアコンは脚立があれば手が届き、養生すれば室内も汚れないが、カーエアコンは前述したフィルターのさらに奥にあるため、清掃するにはダッシュボード全体を外し、エアコン本体を取り出すしかなさそうだ。
空気の洗車屋さんを運営するグリーンデバイステクノロジーの代表取締役・大野里枝さんは、何台もの中古車を乗り継いできたという経歴の持ち主。買い換えの際には車内の臭いが気になり、消臭剤や芳香剤をはじめ、エアコン吹き出し口から洗浄液をスプレーするタイプから車内に置いて霧状の薬剤を充満させるタイプまで、さまざまな臭い対策グッズを試してきたそうだ。その効果のほどはといえば、いずれも一時的には臭いが目立たなくなるものの、根本的な解決に至ることはなく、「中古車とはこういうものか」とあきらめていたという。
そんな大野さんはある時、家庭用エアコンを洗浄している様子を見て考えた。「カーエアコンだって、洗浄すれば車内の臭いを解決できるはずだ」。ただ、そういったサービスは探しても見つからなかった。つまり、車内の臭いについて不満を抱いている人はたくさんいるはずなのに、そこにソリューションがなかったのだ。こうしてビジネスチャンスを見出した大野さんはまず、洗浄のための工具開発に取り組んだ。
ダッシュボードの奥深くにあるエアコンのエバポレーターに直接、洗浄液を高圧で噴射できる機器の開発を進める中で、大野さんは知り合いのクルマなどで試験的に洗浄を始めた。ただ、エアコンの取り付け位置も、機器を奥まで届かせる経路も車種によって千差万別。メーカーが同じでも、車種が違えばエアコン自体も経路もまるで異なる場合が多く、どんなクルマでも作業できる機器の開発には時間を要した。
さまざまなつてをたどり、フェラーリやロールスロイスにも施工したという大野さん。施工後にフェラーリのオーディオが機能しなくなったと連絡が入った際には、作業中にオーディオ機器に触れたか、あるいは洗浄液がかかったのではないかと冷や汗をかいたそうだが、実際は単なるオーディオの不具合だったと分かり、胸をなでおろしたそうだ(笑)。
施工例を増やしていくうちに、ごく一部の車種については穴開け加工が必要であるものの、メーカーや年式を問わず、ほとんど全ての車種について、エアコンを取り外すことなく洗浄可能な機器と洗浄液の開発に成功した。
今回はモニターとして、私のボルボ「V40」にも施工してもらった。3月初旬の取材当時は花粉症に悩まされていたのと、ほぼ毎日乗っていたこともあって車内の臭いが気になったことはなかったが、久しぶりに乗った際などには、始動直後に限り、表現の難しいモワッとした臭いが不快だなと感じることはあった。大野さんはドアを開けて送風口に顔を近づけるなり「ああ、臭いですね」と言い放ち、私を落ち込ませた。最も典型的なカビ臭さだそうだ。
「Dr.バズーカ洗浄」と名付けられた独自開発の機器による洗浄は、車内を養生をした後、助手席足元の奥に手を伸ばしてエアフィルターを外し、そこから機器を入れ、洗浄液を直接、エバポレーターに噴射する。特許取得済みではあるものの、機器の形状や動きは取材NG。エアコン自体は手が届かない場所にあり、当然ながら目視することは不可能なのだが、噴射口の近くに小型カメラが付いているので、エバポレーターに機器を近づける際にはiPadで中の様子が確認できるのだという。
施工は約1時間で終了。清掃後に送風口に顔を近づけて出てくる風を嗅いでみたが、確かに無臭だ。ただし、前述の通り施工前も臭いと感じていたわけではなかったので、どことなく爽やかな感じがしたのも、そうであってほしいという願望によるものだったのかもしれない。
ただ、大野さんをはじめ、複数のスタッフは明確な違いを感じていた。臭いを数値化する手段がなく、データとして示すことができないのは残念だが、洗浄によって出た水の濁りを見れば、施工前のエバポレーターが汚れていたのは一目瞭然だった。
中古車販売店で当たり前のサービスを目指して
Dr.バズーカ洗浄を確立した大野さんは起業し、東京都内に店舗を開いて広く施工を受け付けるとともに、Dr.バズーカ洗浄に必要な機器とノウハウを販売することで、フランチャイズを拡大中だ。詳しくは「空気の洗車屋さん」で検索されたし。コロナウイルスの影響で人々の清潔さに対する意識が高まったのか、問い合わせは多いという。
大野さんはこのサービスをBtoCのみならず、BtoBにも広げようとしている。大手中古車販売業者に対し、販売時のオプションとして設定することを提案中だ。全国に41店舗を展開する中古車販売店のカーチスなどでは、すでにオプションとして設定されているとのこと。これまでの実績としては、約7割の購入者が同サービスを施工するという。「いずれは、中古車販売店にある当たり前のサービスに成長させることで、中古車の価値を上げたい。中古車だから多少の臭いは仕方ないという常識を過去のものにしたい」と大野さんは話す。
さらに施工できる店舗を増やすため、ガソリンスタンドのエネオスとも業務提携した。クルマの燃費向上が著しく、電気自動車(EV)をはじめとする次世代車が徐々に増えてきた昨今、ユーザーの来店頻度が下がっているガソリンスタンドとしては、新しい商品は望むところなのかもしれない。5月から一部店舗で施工をスタートすることになっていたが、コロナウイルスの影響で遅れが出ているそうだ。
大変革の自動車業界でもニーズは不変?
人の家を訪ねた際と同じように、人のクルマに乗った際には何かしらの匂いを感じることが多い。知り合いの場合であれば、それが必ずしも臭くて不快に感じるわけではないが、中古車の場合、多くは前のオーナーの素性や使われ方を知らないため、臭く不快に感じてしまう可能性も高い。もちろん、自分が手放したクルマもそう思われているわけだ。中古車購入時にエアコンを洗浄することが一般的になれば、大野さんが言う通り、中古車全体の価値は上がるかもしれない。
近頃はレンタカー、カーシェアリング、リース、サブスクリプションなど、クルマを所有せず、利用に対してコストを負担するさまざまなかたちが提案されているが、カーエアコンの洗浄は、人とクルマの関わり方がいかに変化しようとも需要が残るだろう。1人が占有しようとレンタカーやカーシェアリングで不特定多数に利用されようと、一定期間使われればクルマのエアコンは汚れ、臭いを発するようになるからだ。
著者情報:塩見智(シオミ・サトシ)
1972年岡山県生まれ。1995年に山陽新聞社入社後、2000年には『ベストカー』編集部へ。2004年に二玄社『NAVI』編集部員となり、2009年には同誌編集長に就任。2011年からはフリーの編集者/ライターとしてWebや自動車専門誌などに執筆している。
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May 12, 2020 at 09:48AM
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中古車の価値が上がる? ありそうでなかった“空気の洗車”とは - マイナビニュース
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