海外では「転職して給与が上がる」人の割合が、日本よりも多いという。日本の労働市場の課題とは?
今村拓馬撮影、shutterstock
「転職するなら年収が下がっても仕方がない」そう考えている方も多いのではないでしょうか?
リクルートワークス研究所の調査によると、世界ではむしろ「転職により給与が上がることが当たり前」だということがわかります。調査によると、「転職で年収が増えた」と回答した割合は、日本では45%だった一方で、アメリカやヨーロッパでは7割を超えていました。
日本銀行出身でリクルート特任研究員を務める高田悠矢さん(37)は、こうしたデータを用いて「日本の労働市場は不健全」と指摘しています。
日本の労働市場の問題点はどこにあるのか?高田さんに聞きました。(聞き手・横山耕太郎)
日本の問題は「流動性の質」の低さ
日本の平均勤続年数は、意外にもフランスやドイツと同程度だ。
出典:リクルート労働市場レポート「健全な雇用流動化」
── 10月に岸田首相が国会の所信表明演説で、「労働移動の円滑化」について触れました。日本の労働市場は「流動性が低い」とよく指摘されます。転職しにくい社会なのでしょうか?
「日本は諸外国と比較して雇用の流動性が低い」と言われますが、この点は慎重にみる必要があります。
同一企業への平均勤続年数は、日本が11.9年であるのに対して、アメリカは4.1年。日米を比べると、確かに日本の流動性は低いと言えます。
ただし、フランスは11.0年、ドイツは10.8年で、諸外国と比べて日本と同程度の国も散見されます。
諸外国との比較から日本の課題をあぶり出すというのであれば、こうした「流動性を高める・転職率を上げる」といった単純な労働移動の「量」の議論だけでなく、流動性の「質」にも着目すべきだと思います。
流動性の「質」の方がむしろ、諸外国との間に明確な差があります。リクルートワークス研究所が実施した「5か国リレーション調査」では、日本、アメリカ、フランス、デンマーク、中国における30代・40代の転職者、各国それぞれ約600人(デンマークのみ約150人)に「転職前後で年収が1割以上変化したかどうか」を聞いています。
転職によって年収が「増えた」と回答した割合をみると、日本以外の4カ国では「7割以上」となります。
一方、日本では転職で年収が「増えた」と答えたのはわずか「4割強」。逆に「2割弱」は転職で年収が減っており、ここに非常に明確な差があります。
転職で給与が下がる割合は、日本では2割にのぼる。
出典:リクルート労働市場レポート「健全な雇用流動化」
日本の労働市場はなぜ「不健全」なのか
リクルート特任研究員の高田悠矢さん。
撮影:横山耕太郎
── 私自身も過去の転職で給与が下がる経験をしました。日本は諸外国に比べて「転職で給与が上がる人の割合が少ない」というデータはショックです。
まず念のため補足したいのですが、私は「転職では賃金を上げることが重要である」と主張しているわけではありません。言うまでもなく、転職の目的は人それぞれです。
人によって求める幸せのかたちがさまざまであるのは当然です。ここでは、そうした個人レベルの志向の話をしているわけでありません。私の主張における主語は「労働市場」です。
私が着目している「転職時の賃金の変動」という基準で労働市場の質を判断した場合、現状の日本の「労働市場」は「不健全」な状況にあると言えます。
例えば次のケースを考えてみてください。
東京で働いている既婚のAさんは、パートナーと一緒に東京で暮らしていました。パートナーも東京で働いていましたが、突然大阪の事業所に異動となりました。
Aさんは、大阪でパートナーと一緒に暮らすため、事業規模や生産性、有給休暇日数や就業時間といった条件がほぼ同じ大阪の企業に転職したところ、賃金が下がってしまいました。
このケースではAさんは「大阪でパートナーと一緒に暮らしながら働く」という転職の目的を実現できており、その意味では満足のいく転職ができていると言えます。
一方、その対価として賃金の低下というコストを支払ったとみなすこともできます。
そして、より俯瞰した視点で日本の転職者全体を眺めた場合に、こうした(転職に伴う)コストの総和が諸外国よりも大きいというのが、先ほどの調査結果が示していたことです。この点が「不健全」と言えるのではないかと思います。
根強い「日本型雇用」
── そもそもなぜ、日本では転職時に給与が上がらないのでしょうか?
日本において、転職で給与が上がらない理由はさまざまあると思います。ただ敢えて一つに絞って言えば、日本型雇用が答えになるかと思います。
この図表を見てください。転職によって「役職が上がった」人の割合は、日本では約1割。日本では、転職は「昇進の機会」にはなっていません。
日本では転職で役職が上がる割合が、他国よりも少ない。
出典:リクルート労働市場レポート「健全な雇用流動化」
一方、海外に目を向けると、中国では約5割、アメリカやフランスでも約4割と、転職が昇進の機会となっている事がわかります。
アメリカの企業では、営業部長が転職等により退職した場合、単純に営業部長を外部から採用しようとします。その際、能力に関する要件を満たしてさえいれば、他社の課長を(部長として)登用するケースは珍しくないと言います。
求職者側からみれば「現在所属している会社では、上のポストが詰まっていて昇進できない」という場合、他社における「上のポスト」を狙うという選択があるという事です。
一方、典型的な日本型雇用の企業では、営業部長が退職した時、課長を部長に上げて、空いた課長ポストに係長を当てて…と、社内で玉突きのように人事異動が起こります。
組織長として必要な要件として、その職務や部署において必要な専門性よりも、その会社組織における人脈を優先している方法と言えるかもしれません。
それでも「未来を悲観する必要はない」
長期的に見れば、日本でも転職して賃金が上がる割合は増えている。
出典:リクルート労働市場レポート「健全な雇用流動化」
──「転職して給与が上がる日本」は実現できるのでしょうか?
過去と現在の比較に注目して、リクルートのデータを分析してみると、転職時に賃金が増加する割合は着実に上昇してきています。足元の状況は見るとすでに変わりつつあり、必ずしも未来を悲観する必要はありません。
なぜ賃金が上がっているのか。理由の一つには、景気循環の影響も含まれます。
景気は循環するものなので、景気が悪くなれば、景気循環によって押し上げられた上昇分はいずれ消えてしまいます。2008年に起こったいわゆるリーマンショック以降、2012年に短期景気後退局面があったものの、新型コロナウイルスの感染拡大直前の2018年頃までは、景気拡大局面が続いていました。
その後、新型コロナウイルスの感染拡大で景気が悪化し、2008年以降に景気循環が要因で押し上げられていたと考えられる賃金変動指標の上昇分はきれいに消失しています。
しかし、現状の転職時の賃金アップには、しっかりと構造的な要因が存在します。多くの企業が、近年、賃金テーブルの変更といった抜本的な改革を検討に動いているという事が、我々の実施した調査からわかっています。そして、その背景には、急激な人手不足の加速があると考えられます。
経験したことのないレベルの「人手不足」
2013年以降、人手不足感が業況感よりも大きく上回っている。
出典:リクルート労働市場レポート「健全な雇用流動化」
── 人手不足の影響が見え始めたのはいつ頃でしょうか?
2013年頃を起点として、興味深い現象が起きています。まずは上のグラフを見てください。
折れ線A(赤)は「転職時に賃金が増加した転職者の割合」であり、今回、雇用流動化における健全性として定義した指標です。
B(黄)は「短観:業況感」で、C(青)は「短観:人員不足感」という指標です。
短観というのは、日銀が企業に対して行っている調査の名称です。細かい指標の定義はここでは割愛しますが、B(黄)は「景気が良いか悪いか」、C(青)は「人手が足りないか、余っているか」を示していると考えてください。
「景気が良くなれば、人手が足りなくなる。景気が悪くなれば、人手はあまる」というのは直感的に理解できると思います。興味深い点は「2013年以降の動き」です。業況感・B(黄)は緩やかな推移である一方、人手不足指標・C(青)は、そこから大きく上方向に乖離しています。
つまり「景気が良くなる度合い以上に、人手が足りなくなっている」という現象が起きています。
また2020年には、新型コロナウイルスの影響により、全ての指標が大きく落ち込んでいます。この落ち込みの水準を見ることで、「2013年以降の現象」がいかに驚くべきものなのかがわかります。
景況感の悪化はリーマンショック並みになっている
出典:リクルート労働市場レポート「健全な雇用流動化」
上の図で2020年の落ち込みに注目してください。まず業況感・B(黄)をみてみると、リーマンショックによる落ち込みに迫る水準まで大きく落ち込んでいます。
次に、人手不足指標・C(青)を見てください。こちらは確かに大きく落ち込んではいるものの、リーマンショック前の2007年頃と概ね同水準を維持しています。
また、転職時に賃金が増加した転職者の割合・A(赤)も同様に、落ち込み切った底の水準が、リーマンショック前の好景気局面と概ね同水準を維持しています。
つまり、コロナによって「人手不足」や「賃金が増加した転職者の割合」は大きな影響を受けたものの、いずれも好景気だったリーマンショック前と同じ水準だということです。
そして2020年以降のグラフを見ると、その「底」から上昇が続いており、人手不足と転職時の賃金の引き上げが続いていることがわかります。
人材不足からの賃金引き上げ
── 人手不足による賃上げはこれからも続くと考えていいでしょうか?
賃上げを検討する企業は今後も増えていくと思います。
コロナ前の2018年、人事の最終決裁者ら約1800人に筆者らが実施したアンケートでは、約6割の1028人が「採用が難しくなっている」と回答し、約7割の 710人は「賃金体系の検討を行う可能性がある/検討を行ったことがある」と答えています。
多くの企業が賃金テーブルの変更といった抜本的な改革を検討に動いた背景には、こうした「2000年代では経験したことのないレベルの人手不足が背景にあった」からだと考えられます。
ここまで見てきたように、日本の労働市場はまさに今、転換点を迎えています。
人手不足を背景に、企業は給与の引き上げに動いていますが、労働市場の過熱感は景気循環の波から乖離して推移しています。
人材の採用を進める企業にとっては、自社の業績や景況感だけではなく、労働市場の過熱感「それ自体」を把握することの重要性が増していると言えます。
高田悠矢…2010年、工学系修士課程修了後、日本銀行入行。経済指標の推計手法設計や景気判断などの統計分析業務に携わる。2015年、リクルート入社。事業戦略・人事戦略策定のための分析や推薦エンジン開発などデータ起点の様々な取り組みの企画・実行を担う。2021年にRe Data Scienceを創業、同時にリクルート特任研究員就任。2018年より、総務省統計改革実行推進室研究協力者。
(文・横山耕太郎)
からの記事と詳細 ( 転職で給与が上がらない日本…労働市場の問題点。 アメリカでは「7割以上」給与UP - Business Insider Japan )
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