SuperflyがTBS系日曜劇場「下剋上球児」の主題歌「Ashes」をリリースした。
今年、喉の不調により全国アリーナツアーのキャンセルという大きな決断を下したSuperfly。心配の声がSNSなどで広がったが、約2カ月後、「下剋上球児」の主題歌担当と、アリーナツアー再開催が同時にアナウンスされたことは、ファンに安堵と喜びをもたらした。
歌いたいのに歌えない、葛藤の日々に抱いた思いとは。そして、そんな逆境の中で「Ashes」はどのようにして生み出されたのか。越智志帆に語ってもらった。
取材・文 / 廿楽玲子撮影 / 森好弘
不思議なことに、声自体はすごくよくなっている
──前回、アルバム「Heat Wave」リリース時にお話を伺って(参照:Superfly「Heat Wave」インタビュー)、その後、全国アリーナツアー「Superfly Arena Tour 2023 "Heat Wave"」キャンセルのニュースが届いて心配していましたが、お元気そうでよかったです。
ありがとうございます。元気になりました。自分の体を思うようにコントロールできない時期があって、ちょっと鼻水が出るだけで声色が変わったりもするので、自分がやっているのはこんなにも繊細な仕事だったんだと改めて痛感しました。
──「喉の不調でリハビリを続けている」とコメントされていましたが、鼻の風邪が喉に影響したのでしょうか。
風邪をひいてしまい、最初は症状も軽かったんですけどだんだん咳が止まらなくなり、しまいには息を吸うたびに咳をするような状態で、声帯炎になってしまって。そうなると炎症が治まるまで絶対に歌っちゃダメですと先生に言われ、早く治さなきゃと気持ちは焦るんですけど、体力も免疫力も落ちているからさらに新しい風邪をもらい……という負のスパイラルでした。
──この1、2年でプライベートでも大きな環境の変化がありましたし、年齢を重ねてくると今までにない形で悪化したり、思いがけず長引いてしまったりするんですよね。
ホントそうですね……。私はもともと、めちゃくちゃ体が強くて、ある種ちょっと超人的だったと思うんです。いつでも歌える、どんなステージもこなせると思っていて、もちろんがんばっていましたが、多少調子が悪くなっても少し調整すれば大丈夫だった。アドレナリンだけで生きているような時期もあったと思います。でも、産後であることや年齢的なものもあって体質が変わってきて、そのことにようやく最近気付きました。今は体がすごくデリケートな状態で、まるで思春期の頃に戻ったような感じです。
──体調に波があると心も不安定になりますよね。
そうですね。ツアーはどうしてもやりたくて、直前までリハもしていたんですけど、やろうとすることがすべてうまくいかなくて……。これはなんだ? 何が起きてるんだ?と思う時期がずっと続いて、自分で自分を探っていたんですけど。まずは自分を守らなきゃいけないし、自分を守ることが全部を守ることになると思ったので、休養のためにまとまった時間を取りたいと自分から初めて言いました。次の予定を入れてしまうと自分が焦ってしまうとわかっていたので、ツアーも延期ではなく一度キャンセルさせてもらって。半年あれば体をリカバーできるのではないかと考えて、2月から新たなツアーを組み直させていただきました。
──大きな決断だったと思います。自分の体って意外と自分の言うことを聞かないですよね。
そうなんですよね。だから自分をどう扱えばいいのかを知る必要があるし、それがわかればきっといい歌を歌えるようになるのかなと思って。不思議なことに、声自体はすごくよくなっているんですよ。ずっとネガティブな気持ちでいたけど、いろいろ変わっていく中で、鋭い感性を授かったのかもしれない。変化した自分を楽しみたいなと思います。
どうして高校球児はあんなにがんばれるんだろう
──そんな大変な日々の中で制作も進んでいて、ドラマ「下剋上球児」の主題歌となった新曲「Ashes」がリリースされました。主題歌のオファーがあったのはいつ頃だったのでしょうか。
今年の春頃で、まだ体調を崩す前でした。プロデューサーの新井順子さんが手がけるドラマの主題歌をやらせていただくのは今回で3度目なんですけど、これまでお会いしたことがなかったので、今回は直接お話を伺おうと思っていました。ただ、それは結局私が体調を崩してしまって叶わなかったんですけど、代わりにスタッフに行ってもらって、ドラマの情報だけではなく、プロデューサーさんのお人柄や空気感も伝えてもらいました。それくらい作品に寄り添いたい気持ちが強かったです。
──高校野球を題材にしたドラマはこれまでもたくさんありましたが、「下剋上球児」はちょっと毛色の違う感じがしますね。
スポ根ドラマではないんです、ということをプロデューサーさんもはっきりとおっしゃっていました。あくまでもスポーツをやる人間にフォーカスするドラマだと。
──なるほど。
「このドラマでは『なぜ高校球児はあんなにがんばれるのか』を描きたいんです」というお話がすごく印象的でした。高校野球の大会で優勝したからといって賞金がもらえるわけでも、夢への切符が約束されるわけでもない。なのに、なんであんなにがんばれるんだろう、と。きっと高校野球に取り組む人たちの中には何か特別なものがあって、それを表現したいんだとおっしゃっていて、それは私もすごくわかるなと思いました。
──ふと思ったんですが、プロデューサーさんは、Superflyというアーティストに近しいものを感じていたんじゃないでしょうか。Superflyはなぜあんなに熱くなれるのか、何が彼女をそうさせるんだろうと。
わあ、そうなのかな。だとしたら面白いですね。どうしようもなく人を熱くさせる「何か特別なもの」があるとして、それははっきりと言語化できるものではなく、プロデューサーさんも直感で追い求めているのかなと思うんです。私も直感で動くタイプだから、同じ匂いを感じてくださったのかもしれないですね。
──直感×直感のタッグなんですね。
その分、作り上げるまでの大変さはあるけど、目指す場所は同じなので。信じる気持ちがあったから、絶対いいものができるという自信がありました。
ピュアじゃない“ネガティブな情熱”でもいいのかも
──今回の主題歌は毎回ドラマの物語が大きく動くシーンで流れますが、楽曲はこう使いますというお話は事前にあったんですか?
いえ、楽曲を大切にしたいから、先に楽曲を受け取って、そこから演出を考えたいということでした。「情熱」というキーワードと、ロック調でというリクエストがあったので、最初は青空や芝生を連想するようなさわやかな楽曲を考えたけど、なんか違うような気がして。その後やりとりする中で、「次はどんな展開になるのか、ハラハラドキドキしながら期待を高める曲が欲しい」という言葉をいただいたので、もっとダークで、スリリングで、ミステリアスな曲を作ろうという道が開けました。
──歌詞に「情熱ってなんだよ 消えちまえ」というフレーズがありますが、「情熱」というテーマを100%ポジティブに捉えていないのが面白いなと思いました。
情熱ってすごくピュアなイメージがありますよね。でも私、そうかな?って思うんです。自分に情熱があるのはわかるんですけど、そのエネルギーが湧くのは「なにくそ」と思ってるときなんですよ。逆境の中でネガティブな感情が動機になっていることが多くて、それに対してずっと罪悪感がありました。それこそデビューした頃も、ソロになって自分の想像とは違う状況で全力を出さなきゃいけない、もうやるしかないという感じだったし。その後もいくつもの逆境があって、ネガティブな情熱のままに作品の方向性を決めたこともあったけど、これってピュアじゃないなとずっと思ってました。なにくそ、やけくその気持ちだけでエネルギーを放つのはよくないんじゃないかって……実はこの葛藤は最近まで長く続いていたんですよ。ピュアに音楽をやってる人がずっとうらやましかった。
──情熱は自分の中で勝手に湧き上がるものだから、付き合うのが難しいところもありますよね。
そう思います。魔物のような存在でもあるかもしれない。そんな思いが根底にありつつ、今回のドラマのお話をいただいたとき、この主人公はなんか私と似てるかも、と思ったんです。
──確かに鈴木亮平さんが演じる主人公は過去の挫折を引きずっているし、後ろ暗い過去もあるようですし、率いる野球部は弱小だし、逆境だらけですよね。
だから彼もネガティブな情熱が動機となっている人なんじゃないかと思って。そのとき初めて「ネガティブな情熱でもいいのかもしれない」と思えたんです。そう思えたとき、なんだかうれしかったんですよ。
──確かに私も振り返ってみると、本気のパワーを出せたのは、誰かに負けたくないと思うときだった気がします。
そういうときって自分を超越した力が出るんですよね。世の中にはそういう情熱を燃やして生きてる人が意外と多いんじゃないかと思って。私も体調を崩して、歌いたいのに歌えないという葛藤の中にいたけど、曲を作る中でネガティブな情熱をちょっと肯定できたので、すごく元気になりました。ホントに出口の見えない時期だったので、ドラマのキャラクターに救われたと思います。
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