政府は新しい資本主義実行計画の改定案で、「労働市場改革」を賃上げにつながる重点項目として掲げ、「労働移動」を促す姿勢が鮮明になった。転職により振り落とされる「弱者」への安全網の議論が不十分な中で、転職を活発化させる動きとあって懸念する声が上がる。一方、改定案には利用が急拡大する生成AI(人工知能)に関する記述を追加。国内勢の出遅れに危機感をにじませた。
◆「キラキラ転職」強者だけが生き残るのでは
「(賃金が上がる労働移動という)都合の良いことが本当に起こるのか」。政府の労働市場改革を巡る方針に、1日に開かれた雇用政策を学識者が議論する厚生労働省の雇用政策研究会で、座長の樋口美雄労働政策研究・研修機構研究総監は違和感を示した。
賃金に詳しい専門家の間で、同様の見方は少なくない。2021年まで30年間の実質賃金の推移は、日本の1.05倍に対し、働く人の平均勤続年数が日本とそれほど変わらないフランスやドイツは1.34倍と伸びている。
今後政府が企業間の移動をしやすくすることを目指すのであれば、前提として求められるのは同一労働同一賃金。だが現状では、年齢とともに昇給しやすい正規と昇給が限定的な非正規では、同じような仕事をしていても賃金に差が生じている事例が多く、移動の前提を整えるのは難しい。
このため、浜銀総研の遠藤裕基氏は「労働市場だけ変えようとしてもうまくいかない」と指摘。欧州では住居費や教育費などが公費でまかなわれるため安心して移動できる環境が整えられているといい、「社会保障も含めた安全網の議論が不十分」とみる。
新しい資本主義の議論の過程で、政府側はITなど成長分野の労働者が技術を磨いて転職し、より高い報酬を得る「キラキラした転職」(エコノミスト)を強調してきた。しかし、東京都内の50代男性が勤務先の電機メーカーから求められたのは賃金が激減する転職。踏みとどまることを決めた男性は「強い人だけが生き残るアメリカのような国にならないか」と懸念を口にした。(渥美龍太、畑間香織)
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◆国産生成AIの出遅れに危機感、海外との競争力に疑問符
実行計画の改定案には、利用が急拡大する「チャットGPT」に代表される生成AI(人工知能)について初めて盛り込まれた。偽情報の拡散などさまざまなリスクに対応するとともに、「基盤的な研究力・開発力を国内に醸成する必要がある」と明記した。
生成AIはインターネット登場以来の技術革新とされるが、国産の開発は米IT企業などの海外勢と比べ、大きく出遅れている。改定案では「AI製品・サービスの海外への依存度が高いことから、供給途絶などでわが国の国民生活や産業に影響が及ぶおそれもある」と危機感を示した。
国産の生成AIを巡っては、東京工業大や富士通などが5月、スーパーコンピューター「富岳」を使い、日本語への対応能力が高い生成AIの根幹技術となる「大規模言語モデル」(LLM)を開発し、2024年度の公開を目指す、と発表した。NECも開発を検討するが、実用化の時期は未定だ。
LLMの性能は「パラメーター」と呼ばれる指標が使われ、数が大きいほど性能が高い。チャットGPTを開発した米オープンAIは20年、1750億パラメーターの「GPT—3」を発表。一方、IT大手サイバーエージェントが今年5月に公開したLLMは最大68億パラメーターにとどまる。
国内のAI戦略に詳しい国立情報学研究所の佐藤一郎教授は「今から参入して海外で先行する技術に勝てるかというと疑問がある。発想を変えて現在の生成AIが苦手な業務を効率化できる、新しいAI技術を生み出した方が、世界の市場を取る上で有利になるのでは」と指摘した。(山口登史、嶋村光希子)
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