「あなたのマンションの資産価値が上がる」と言われると気になりますが、EV=電気自動車の充電器を駐車場に設置することで資産価値アップにつなげようとする動きが相次いでいます。ただ分譲マンションでは、費用負担の問題などで住民から反対意見が出て論争になるケースもあります。果たしてメリットはあるのでしょうか?資産価値は上がるのでしょうか?(調査報道ディビジョン・小野高弘)
■EVがほしい…でも
再開発で駅前に多くのタワーマンションがそびえ立ち、街が賑わう神奈川県川崎市の武蔵小杉。商店街を抜けて10分ほど歩いた静かな住宅地にその5階建てのマンションはありました。17年前の分譲当初から入居する戸田幸作さん。「もともとEVがほしいと思っていたんですよ」戸田さんは半導体関連の会社に勤めていることもあり、最新技術の詰まったEVを自ら体験したいと考えていました。ただEVは充電に時間がかかり、街で充電スタンドを探すのも大変です。マンションに充電設備さえあれば助かるのに・・。「充電器をつけてもらえないかと2年ほど前、管理組合の理事会に要望したんですがスルーされまして」
立ちはだかった壁は、管理組合の合意です。駐車場はエントランスや廊下などと同じ共用部分なので、充電器の設置にはほかの住民らの合意を得る必要があるのです。
戸田さんはおととし12月、自らが管理組合の理事会メンバーになったのを機に、充電器の設置を住民に諮りました。「大変でした。EVにみなさん興味ないわけですから」実際、EV所有者は1人もいませんでした。
問題は費用です。駐車場の2か所に充電器を取り付けるのに、本体と工事費などを合わせると242万円。多くはEV普及を後押しする川崎市と国からの補助金でまかなわれ、マンションとしての負担は44万円。1戸あたり3000円ほどを管理組合の積立金から拠出することになります。
■「今じゃなくても」厳しい意見が
去年7月に戸田さんらが行ったアンケートでは厳しい意見が相次ぎました。その記録を見せてもらうと・・・。「今設置して果たして何人が使うのか、時期尚早だ」「特定の人だけが使うものだから、使う人が負担すべきだ」「故障時などのトラブル対応で管理人の業務が増える」
アンケートに協力した127人のうち、「必要」59人、「不要」22人、「どちらでもよい」43人、「その他・無回答」3人という結果でした。
危機感を抱いた戸田さんは、住民の疑問に答える資料を作成し、必要性を熱心に説明して回りました。充電器があれば多くの住民にとってEV購入の選択肢が広がること、手厚い補助金がある今がチャンスであること、充電の電気代を使った個人が支払うシステムであることなどを説明し、世間にやや先行する形でも投資するメリットがあると強調して理解者を増やしていきました。
そして12月、ついに管理組合の総会。全161戸の75%である121の賛成が得られなければ通りません。結果は・・・賛成123。根強い反対に加えて棄権者もいる中、ギリギリでの可決でした。「危なかったです・・・」そして、念願のEVはまもなく戸田さんのもとにやってきます。「7月に納車です」そう言って、はにかみました。
■平成のマンションと言われたくない
東京足立区。眼下にはゆったり流れる隅田川。目を上げれば東京スカイツリー。そんな絶好のロケーションに立つのが、515戸を擁する大型マンションのイニシア千住曙町。日曜日、広いエントランスでは子どもたちが玩具を広げて駆け回っていました。応対してくれたのはこのマンションに入居して14年の應田治彦さん。管理組合の副理事長でもあります。
おととし11月、應田さんも旗振り役となって臨時の総会を開き、95%の賛成でマンション駐車場の2区画分をEV充電ステーションに変えました。
当時、住民でPHV(プラグインハイブリッド車)に乗っている人が1人いるだけでしたが、それでもEV充電器導入を推進した理由は?
「平成のマンションだね、と言われたくないんです」「平成のマンション?・・・というと?」「2025年からは東京で新築マンションにEV充電器設置が義務づけられます。それに比べて駐車場に充電器が1つもないのは見劣りするわけです」「売りに出して買い手がつかないと10日で1%ずつ価格が下がっていくといわれる世界です。あそこはエレベーターが汚いとか植栽が手入れされていないとか、そんな噂が出回るだけでも資産価値がガクンと下がるんですよ」「だからこのマンションではWi-Fi完備のラウンジを作ったり、ETC連動で自動的に駐車場のゲートが開閉するシステムを導入したりもしています」「新築の令和のマンションに負けない機能をキープするのが大事なんです」
それでも住民の同意を得るのは簡単ではなかったと振り返る應田さん。「1戸あたりの負担が1000円でも、回収の見込みがなければ反対されますよ」「今の車を買い換える時はEVかもしれませんよ、充電器がないと困るかもしれませんよと、みなさんには説明しました。鶏が先か卵が先かという話でもありますが」
EV充電器が導入され、今やマンションの駐車場には8台のEVがあるといいます。應田さんの愛車もその1台です。「せっかくだから私もEVにしようと思って、妻と相談して買いました」すでに1年近く走っていますが、「あれ、ボタンどれだっけ」と、楽しそう。
■マンション価格に影響も
では、マンションの資産価値は本当に上がるのでしょうか。数多くの物件を扱う三井不動産リアルティの担当者に聞いてみました。「現時点ではEV充電器の有無が既存マンションの資産価値に影響を及ぼすとは考えにくいと思います。ただ、今後EVが普及していくことで、EV充電器の有無がマンションを検討する上での重要な要素となりうるため、資産価値に影響を与える可能性もあります。」
国土交通省などの鑑定評価員も務めた不動産鑑定士の向永隆則さんは「EVが十分に認知されていない今、充電器のあるなしでマンションの資産価値に差が出るとは思えません。でも不動産価格の設定は利便性も重視され、EVの普及率次第では充電器がないことがマイナス評価になるのは避けられないでしょう」と話します。
今、マンションなどへのEV充電器の導入、運営を手がけるベンチャー企業には、管理組合などからの問い合わせが増えているといいます。横浜市に本社があるユアスタンド。施工実績は去年1年間で前の年の倍以上に伸びたといいます。「以前は弊社に相談があってもマンション内で合意が得られず話がストップすることも多かったのですが、この1、2年は揉めるケースは減っています。人口の4割がマンションに住んでいるのですから、EVの普及にとっても大事な問題だと思います」(担当者)
EV充電器を設置するマンションへの東京都の補助金の申請件数は2022年度、2月末時点で291。前年度からほぼ倍増する勢いです。鶏が先か卵が先かの論争は続きそうです。
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