〈諏訪のたつ年①〉
「それでは、始めていきます」。そう言って大型で厚手の鍋に丁寧に並べたギョーザの上から円を描くように水を注ぐと、高さ1メートルほどの大きな炎が立ち上がった。
消防士だった吉田文彦さん(52)が経営する諏訪市湖南の「ぎょうざの焼吉(やきち)」。和風のたれを付けて食べる「つけだれぎょうざ」が名物だ。こんがりと焼いたギョーザと立ち上がる炎のパフォーマンスを求め、地元からも遠方からも多くの人が訪れる。
諏訪市出身。病気がちだった母親が「食べていけるように」と料理を教えてくれた。ご飯の炊き方、みそ汁の作り方…。小学6年生の頃にはオムライスをきれいに包めるようになった。料理人を目指し野菜など食材を学べる富士見高校(富士見町)に進学。成績優秀で教員に公務員を勧められ、消防士になった。
消防士の傍ら、料理人の夢を持ち続ける中で注目したのがギョーザだった。吉田さんによると、発祥地とされる中国では、水ギョーザが一般的。焼きギョーザは戦後、中国東北地方(旧満州)から日本に引き揚げてきた人たちが作り、広まったという説が有力という。
ギョーザの世界は「決まった『型』やのれん分けがないのも良かった」。そこから5年かけてじっくり研究した。ギョーザ店の食べ歩きをすれば「似たような味になってしまう」と、あえて食べ比べをせず、独自のギョーザを極めようと試行錯誤した。
たどり着いたのが焼吉のギョーザだ。皮で包んだあんは野菜、肉、調味料など58種類を混ぜ合わせて作る。野菜は二つの包丁を使って粗く切り、歯ごたえがある食感を生み出した。「この世に存在しなかった味」と自信を見せる。
2010年、一念発起して21年間勤めた消防の仕事を辞め、焼吉をオープン。開業資金の融資を求めた地元の信用金庫には「真剣だと信じてもらうしかない」と試食会を開いた。熱意が伝わり、無事融資を受けられた。
炎の調理法はフランス料理などでアルコールで香りを際立たせる「フランベ」を参考にした。焼吉のギョーザは皮が薄く、油を含むと開くことがあるため、それを防ぐようあえて水を注いで炎を立てて余計な油を飛ばしている。
「(天ぷら火災の時は)水ではなく毛布をかけてと言われるでしょう。それを逆手に取った調理法」。元消防士として油断はしない。客には調理スペースと安全な距離を取ってもらった上で見てもらうようにしている。
店がオープンして今年14年目を迎える。近くに商業施設はほぼなく、開店当初は近隣にポスティングをしたり、イベントなどに出店したりして名前を売った。近年は数々の人気バラエティー番組に取り上げられ「バズりました(広く拡散された)」と喜ぶ。
立ち上がる火柱は竜のようにも見える。吉田さんは「炎を見てもらえれば(たまったものが)浄化されたような気持ちになるかもしれない。ギョーザを食べて元気になってほしい」と笑顔を見せた。
◇
今年は辰(たつ)年。「たつ」という語感から浮かび上がる立つ、裁つ、断つ、建つ、経つ、発つ…。これらの動詞に注目し、諏訪地域のいろいろな「たつ」を紹介する。
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