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日本では物価が上がっているのに、賃金の伸びが追い付かない状況が深刻になっている。
撮影:今村拓馬
日本の賃金が上がらない状態が長く続く中、賃上げを労使で協議する春闘が始まった。
2021年にOECDが発表した各国の平均賃金調査(購買力平価)で、日本の年間の平均賃金は424万円。OECD諸国の平均を下回り、35カ国中22位にまで落ちた。しかも隣の韓国は462万円。2015年を境に5年連続で追い抜かれている。
1991年を100とする2019年の先進国の実質賃金はイギリスが1.48倍、アメリカ1.41倍、ドイツ・フランスがともに1.34倍と、着実に上昇している。それに対し日本は1.05倍とほとんど上がっていない。
しかしそれでも、物価が上がらないデフレ状態で、給与が低くても何とか生活することはできたかもしれない。しかし今年以降、深刻な生活苦に直面する人が出てくる可能性もある。物価がじわじわと上がっているためだ。
原油などコストアップで値上げ相次ぐ
日本では食品の値上げが相次いでいる(写真はイメージです)。
shutterstock
企業間で取引される国内企業物価指数は2021年、前年比4.8%と過去最大の伸びを示した。
足元の消費者物価指数もじわじわと上がり、昨年12月は前年同月比0.8%に上昇。しかも消費が盛り上がっての上昇ではなく、原油や食材など輸入コストのアップが原因だ。
さらに今年に入り、食料品など生活必需品の値上げが相次ぎ、4月以降の商品の値上げを表明している大手企業も多い。
多くのエコノミストの間では今春には2%に達するとの見方が有力で、その後、3%を超えていくとの見方もある。
ということは最低でも物価上昇の3%に見合う賃金が上がらないと実質賃金がマイナスとなり、可処分所得の減少で生活水準はさらに低下することになる。
賃上げ予想、物価上昇を下回る「2%」
今年の春闘では大幅な賃上げを期待できるのか。賃上げ予測で定評がある労務行政研究所の調査(2月2日発表)では、2.00%(定期昇給含めて、6277円)となった。昨年の賃上げ実績の1.86%(5854円)を上回るが、物価の上昇にはとても追いつかない。
とくに深刻なのは中小企業だ。1997年以降、賃金が下がっているのはどこも同じだか、最も下がっているのは中小企業(従業員10~99人)の社員だ。
出典:日本労働組合総連合会の資料「日本の賃金水準に関する主な課題について」より抜粋
大企業(1000人以上)社員の月給(所定内賃金)が1997年に比べて2020年はマイナス8700円なのに対し、中小企業の社員は2万1300円も落ち込んでいる。
日本総合研究所の山田久副理事長は、コストアップが中小企業の賃上げに悪影響を与えることを懸念する。
「輸入コストの上昇によるガソリン代の値上げは車を使う人は受け入れざるを得ないし、食品の価格が上がっても買わざるを得ない。
しかし、十分な所得がないと衣料品や家電などの支出を抑える可能性もある。そうなると価格を上げづらくなり、中小企業にコストダウンを要請する可能性もある」
大企業の下請けも多い中小企業は、コストが上がったからと言って価格への転嫁が難しい。それが賃上げを妨げるという。
「原材料価格上昇分を商品に転嫁することで全体の取引価格が上がることが必要だ。しかし、価格への転嫁を抑制してしまうと企業収益も圧迫され、中小企業はますます賃金が上がらなくなる。物価は上がるのに賃金が上がらないというのは過去になかった局面であり、名目賃金でも上がらなければ大変なことになる」(山田)
賃金が上がらないと、消費が抑制され、物価も賃金も上がらない悪循環。このドロ沼に陥り、さらに賃金が低下していくリスクもはらんでいる。
日本の賃金が上がらない理由は?
大企業の内部留保は激増している。
出典:財務省「法人企業統計調査」
一方のアメリカでは最近、物価が上昇し、それに伴い賃金も上昇傾向にある。
なぜ日本だけ賃上げが止まったまま、上がることはないのか。上がらない理由についてさまざまな指摘がある。 1つは春闘に代表されるように労働組合の賃上げ圧力が弱いこと、つまり労組がだらしないからだという説だ。
もう1つが、企業が貯め込んでいる内部留保(利益剰余金)を人材投資(人件費)に出し渋っているとの説だ。実際に大企業(資本金10億円以上)の利益剰余金は2000年度は88兆円だったが、20年度は154兆1000億円増の242兆1000億円に膨れ上がっている。
また企業の現預金は、2020年度は2000年度の85.1%増、株主の配当は483.4%増と大きく伸びているのに対し、人件費はマイナス0.4%となっている(財務省「法人企業統計調査」)。
つまり、お金があるのに賃上げしない企業、賃上げを勝ち取れない弱い労組、そのどちらにも責任があるということになる。
また、個人にも責任があるのではないかという説もある。米系人材コンサルタント会社のCEOはこう話す。
「アメリカでは成果や実績を上げたら、上司や経営者に給与を上げろ、と要求するのはごく自然な行為だが、日本人でそれを要求する人が少ないのが不思議だ。給与が上がらないのは個人にも責任があると思う」
アメリカ「転職で賃金が上がる」社会
しかし、こうしたことが本当の理由だとは思えない。
なぜなら労組が弱いという点では、日本の労働組合の組織率は16.9%と低迷しているが、アメリカ、フランス、ドイツにしても近年は10%台で低迷している。それにもかかわらずアメリカやヨーロッパでは着実に賃金が上昇しているからだ。
アメリカの賃金上昇の背景にあるのは、人材の流動化だ。前出の山田氏はこう指摘する。
「アメリカは労働市場が発達し、転職行動で賃金が上がる社会。賃金を上げないと辞めてしまうので、良い人材を採ろうと思えば賃金を上げなくてはいけない。日本でも転職する人は最近増えてきているが、アメリカほどの転職社会ではない。転職活動が活発になればいずれ賃金が上がってくるかもしれないがまだ時間がかかる」
成熟した労働市場では人は今よりも高い賃金を求めて移動する。逆に魅力的な待遇を提供できない企業は人が離れ、やがて廃業に追い込まれるという市場原理の社会でもある。ただし弊害もある。
「転職などで賃金が上がる人はどんどん上がっていくが、上がらない人も多いので格差は拡大する。日本もそうなることが社会にとってよいことなのか、というのは大きな問題だ」(山田氏)
ヨーロッパ「産業別の労組」が賃上げ
日本最大の労組団体・連合の芳野友子会長。2021年10月就任時には、女性初の連合会長として話題になった。
一方、ヨーロッパの賃上げは産業別労働組合が主導権を握っている。
産別労組が職種・職務ごとに賃金の引き上げを経営者団体と協議し、国によっては政府が関与し、政労使の合意によって決定する。
決まった賃金は労働組合のない企業だけではなく、非正規社員にも拡張適用される。ジョブ型社会なので法制化された同一労働同一賃金原則によって多くの労働者がその恩恵を受ける。
しかし日本にはそうした賃金を上げる機能がない。日本は企業別労働組合が主流であり、どうしても使用者との親和性が強くなりがちだ。それをカバーする春闘という賃上げ要求のイベントはあるものの、経営側が「ゼロ回答」なら労働組合の特権であるストライキも実施できる。しかし、ストライキが行われなくなってから久しい。
また正社員組合が主流であり、非正規社員の賃上げには及び腰だ。ましてや労働組合のない大多数の企業の働く人にはその恩恵が届かない。
今回、岸田文雄首相は経済界に3%の賃上げを要請しているが、あくまで“お願い”に過ぎず、ヨーロッパのように政労使一体となった賃上げの機能が構築されているわけではない。
注目すべきは隣国・韓国
アメリカのような成熟した労働市場もなく、ヨーロッパのような賃上げ機能もない日本で、果たして賃上げは可能なのか。
気になるのは日本と同じ企業別組合が主流の韓国の動きだ。日本の賃金は過去20年間で0.4%しか増えていないが、韓国の賃金は43.5%も伸びている(OECD調査)。 日本と何が違うのか。
労働政策研究・研修機構の呉学殊・統括研究員(労使関係論)はヨーロッパで導入されている「従業員代表制」(労使協議制)が韓国で法制化されている効果が大きいと指摘する。
従業員代表制の仕組みは国によって異なるが、企業ごとに民主的な手続きで選ばれた複数の従業員代表委員が、使用者側と労働条件をはじめとするさまざまなテーマを協議する。そして、締結した協定の監視や従業員の苦情・意見を処理する役割を担う。従業員代表委員会は常設の機関とし、会社から事務所の貸与や、委員の勤務時間内の活動を有給とするなど便宜供与を受けることも法律で保障される。
法制化されたことで、日本のように労働組合が少ない中小企業にも設置され、労働者の権利が守られやすくなるメリットがあるという。
日本にも必要な「賃上げ機能」
ラスベガスで開催されたテックイベント「CES 2022」に展示された、韓国・サムスン製のスマホ。
REUTERS/Steve Marcus
韓国の労組の組織率は10%程度で日本より低いが、呉氏は労使協議制によって賃上げが実現できていると語る。
「韓国では労使協議会を通じ、高い賃金を目指して協議することで賃金も毎年上がっている。それだけではなく、賃金が上がると、そのコストが商品に反映され、価格競争力は落ちるが、さらに高い品質や付加価値のある商品・サービスの開発に向けたプレッシャーを経営者に与えることになる。あるいはグローバル市場での展開を強化して競争力を持つことにつながる」
すでにアメリカ市場を韓国メーカーの製品が席巻している。
「韓国企業は賃金が上がっても高品質のテレビ・冷蔵庫を作ることで収益を伸ばしている。実際にアメリカでは30万円、あるいは高品質の100万円の韓国製のテレビが売れている。昔は家電製品といえば日本製が多かったが、今は少なくなった」(呉氏)
呉氏は、「日本でも韓国のように従業員代表制を導入すべきだ」と主張する。
「労働者の交渉力を強めることが賃上げや企業の競争力を強化することにつながる。
高付加価値を目指して製品を作る経営ができなくなったのは、低い賃金に甘んじてもっと利益を上げようという目標や戦略が描けなくなったことが原因だ。労働者や労働組合の交渉力が弱くなると、結果的に企業経営も弱体化させる」
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からの記事と詳細 ( 賃上げで学ぶべきはアメリカよりも“お隣の韓国”。物価は上がるのに、賃金は上がらない日本…。 - Business Insider Japan )
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